ただひたすら歴史を愛するが故に、時に変な目で見られることをもいとわない葵の、歴史への愛の賛歌。(笑)
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 明日香路巡り。その弐
2008年06月20日 (金) | 編集 |
さて、続きと参りましょう。
伝・板覆宮跡から自転車を走らせ、岡寺へ参りました。

龍蓋寺(りゅうがいじ)というのが正式名称ですが、岡寺の通り名の方が著名です。文字通り小高い岡の上にあるので、自転車で適当なところまで上っていくのですが…どうにも急坂でリタイアしたくなった頃、駐輪場が。そこで自転車を置き、徒歩で更に上ります。えぇ、しっかりと急坂ですので、心臓の悪い方・ご年配の方はお気をつけて。(苦笑)そして上りきったところにあるのが、こちら、仁王門。どっしりとした重厚な構えが、何ともいえません。
岡寺。

そして更に石段を登りきったところにある、こちらが本堂。草壁皇子が育ったといわれる宮跡ですが、修験道でも著名な場所でして。ご本尊の如意輪観音は、日本最大の塑像といわれてるのですが…ちと、ぶっきー。(苦笑)まぁ、それは個々の感じ方次第なので、お許し召され。(ぺこり)境内の鐘楼は「御自由に」とありましたが、やはりそこは躊躇するものなのですが…某修学旅行生たちが、面白がってガンガンやってました。「…ちっ…寺社のあり方をわかってないガキどもが…」と思ったものの、それを注意できない、情け無いオトナ、ここにあり…。(泣)
岡寺本堂。

そしてこちらが、寺名の由来ともなった龍蓋池。
昔、周囲の農地に悪さをする悪龍がいたところ、法力によって池に押し込められ、更には大きな石で蓋をされたとのコト。なので小さな池なのだけど、神聖で厳かな雰囲気。池内の手前にある尖った石が、その蓋といわれてるものです。
竜蓋池。

さぁ、さらに自転車をカッ飛ばして、飛鳥寺を目指します。周囲には亀形・酒船遺跡やらがありますが、今回はちょっと失礼。何たって自転車返却の時間が迫ってますので、この辺、必死です。(笑)慣れ親しんだ道を勢い良く漕ぎ進み、周囲にそれと知れてるのに、以外に小さな飛鳥寺へと到着。
飛鳥寺。

境内は小さいのですが、かつては一大伽藍を誇ったお寺でした。何しろ蘇我氏が仏教を広めようと、日本で初めて作ったお寺ですからね。周囲の畑やらを調査すると、その伽藍跡がきれいにわかって、実に巨大な大寺であったようです。そして下が、ご本尊の飛鳥佛。
飛鳥仏。

渡来人であった仏師・鞍造斗利(くらつくりのとり)の手によって造られた、日本で最古の仏様。そのお顔は修復されたとはいえ、火災等で痛々しいまでのお姿に。でも、どことなく細面のそのお顔立ちは、やはり渡来系のもの。どことなくエキゾチックです。毎回思うのだけど、よく写真撮影を許可してくださってるよなー。初めて来た時はホント、「…えっ?ンなコト、いいのっ?!」と思ったもの。今でもレンズを向ける時は躊躇します。なので写りが良かろうが悪かろうが、あまり気にせず。何度もレンズを向けるのは、やはりどうにも心苦しく…平気で携帯でパシャパシャ撮ってたオジサマ・オバサマ。歳を取ると恥も外聞もなくなるって、ホントだね…。(しみじみ・苦笑)

…と、ココで気づいたのですが、境内裏手にある入鹿の首塚に行って来るの、忘れてましたっ!!あーっ!!入鹿、ごめんねーっ!!(爆)ガイドブックの写真に向い、ごめんね×2と、平身低頭を繰り返した葵でした。また近い内に行くから、その時まで待っててね…って、反省っ☆

さぁ、いよいよもって自転車の返却時間が迫って来ました。やばい×2と思いつつ、ココまで来たなら行かねばと、必死こいて自転車を漕ぎます。以前行った時は、何だかの都合で休館だった、飛鳥資料館。キトラ古墳の壁画模写を公開してるというので、時期を逃せば次は無いとばかりに、そりゃもう必死でした。でも…あまりたいしたコト、なかったような…?(苦笑)んで、その次にメインとしてた、旧・山田寺回廊跡の復元。これも撮影OKを確認させていただき、感動しながら激写してまいりました。
山田寺回廊。

旧・山田寺跡。明日香の端、桜井市に入るトコにある、今は無きお寺跡。そこはかつて、蘇我氏の一族・蘇我倉山田石川倉橋麻呂(そがのくらやまだいしかわのまろ)という人の建てたお寺でした。蘇我の一族でありながら、蝦夷・入鹿の横暴を感じ、大化の改新で中大兄らについた人物です。それだけにその権勢は強大で、娘を中大兄や弟・大海人(のちの天武)らに入れたのですが…。その権勢に中大兄から目をつけられたために攻められて、自害。建設途中だった山田寺は、その孫娘たち(天武妃・持統)の手によって完成されました。

その山田寺の回廊が、そのまんまの形で倒れていた状態で発掘されたそうで…あぁ、この当時はまだ歴史に関心をもってなかったらしく、私の記憶にカケラも残って無いのが悔しいのですが。とにかく、その姿そのままってのが…すごいです。で、この回廊跡は、その発掘されたそのままのモノから状態の良好なところを使い、3間分の回廊を復元したものです。
山田寺回廊2

美しい…優雅で品のある回廊です。かつて、これに手を触れ、外の景色を見やった人物が居たワケで。それが石川麻呂自身だったかもしれないし、その山田寺を完成させた孫娘・鵜野讃良(うののさらら)だったかもしれないし。何を思い、何を見たんだろう……そう思っただけで、脳ミソが飛鳥へとトリップしてしまいました。悠久の年月を地中深くにて眠り、今、こうして私たちの目の前に存在してくれているこの回廊に。それを遺して下さったすべてのものに。心から感謝を述べたくなりました。

そういえば全く関係ない話で未だに謎なのですが、神田うのの「うの」という名前が、この石川麻呂の孫娘であり持統女帝でもある鵜野讃良からきているそうで。「お父さんが鵜野讃良が好きだったから」というのは聞いてたのですが…お父さん、どーゆー意味合いで彼女のことが好きだったんだろう?娘にその名をつけちゃうくらいだから、“そーとー”ですよね。何だか親近感が沸くというか、むー…?(笑)

そしてこの後、旧山田寺へと向う予定だったのですが…ホントに×2タイムアウトで泣く泣く諦め。自転車を文字通りかっ飛ばして、橿原神宮駅前へと向かいました。もう何度か通った道なので、地図も見ないですっ飛んでったんだけど…5分の遅刻でした。うぎゃっ☆レンタサイクルのオジサマ、ごめんなさい。(汗)

でも、生憎のお天気といわれてた中、すっごい気持ちよく自転車を走らせることが出来て、楽しかったですv

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 明日香路巡り。その壱
2008年06月09日 (月) | 編集 |
6月4・5日と、奈良に行ってきました。
高松塚古墳の壁画公開には外れてしまいましたが、奈良を愛する心に何ら損傷は無く。多少お天気が心配でしたが、「えいやっ!!」と腰を上げた次第です。(その割には朝、ちょっとバタバタして、あやうく新幹線乗り過ごしちゃいそうで。最寄JR駅まで着いたものの、どーにも間に合わず、タクシー飛ばしたのは私デスっ・爆)

奈良は見事に晴れてました。明日香に行けば、さらに。飛鳥駅に着いた頃には、もう、燦々と照りつく太陽。そこでレンタサイクリングの自転車を借りました。戻るのは大変なので、橿原神宮前駅での乗り捨てで。こーゆー時、システムの便利さを痛感しますね。あ、そうそう。その時、使用者名簿に名前書いたんだけど、世田谷在住41歳男性という方が前に借りられてました。こんなトコで都民に出会えるとは…しかも一人旅。おにーさんも好きねぇ…と、自分を棚に上げて苦笑した葵です。(笑)

さて、先日新聞に出てたキトラ古墳に行くべく、自転車を漕ぎ出しました。ビルも無く、行きかう車もそうあるところでは無いので、景色はバッチリ、空気はうまいv地図を頼りにひーこらと自転車をこぎ進め、坂道でダウンして押しながらも、ようやく到着です。
キトラ覆屋

「覆屋に囲まれて何も見えないですよ」と駅前案内所の方に言われたけど、それでも見たいというのが歴史好き。これだけでもカンドー出来るのですよ、はい。この中にあのキトラがあり、未だ謎めいた人物が眠りについている…そう考えただけで、古代にトリップです。下は解説パネルから。
キトラ解説。

壁面に貼られてた解説パネル。右図がキトラ全容。円墳で、山の中腹あたりから玄室に入れるようになってったみたいですね。左図が四神獣の白虎。色彩といい構図といい、迫力あります。この子たちに守られて眠りについているのは、誰なんだろうね…。しばらくしたら同じくレンタサイクルで、いい歳のおじいちゃまがいらっしゃって、しばし歓談。高松塚の公開に当選されたそうで、先程見てきたとか、うらやましい…。「こんな(覆屋に囲まれた状態)でも、ココ(キトラ)を見るコトが出来て嬉しいですね」と、意気投合してしまいました。やはり歴史好きは同じ血が流れてるのよぅっ!!(握り拳)
キトラ解説2

そして壁画は見れなくてもと高松塚へ行き、同じく覆屋に囲まれた外観を見、壁画資料館へ。薄暗い館内はいつも落ち着きます。まるで玄室の中にいるようで、とっても神秘的。だから人少ななのが良いのだけど、今日は壁画公開もあって、結構なおじちゃま・おばちゃまがご来館。ちょっと騒々しかったかな。

そしてそのまま自転車を走らせ、ガーっと下って天武・持統合葬陵へ。画像はすでに正面を通り越したトコロ。正面石段をえんやこらと上ると、これが結構な高さでございまして。周囲を一望できる絶景です。古代居の覇者たる両帝夫婦は、こうして治めてきた国々を見守っているのかな…なんて。
天武・持統陵。

で、こちらが正面にあった解説パネル。読んで字の如く…なんだけで、英訳が妙に笑えたのでパチリ☆「Jinshin War(壬申の乱)」って…確かにそうなんだけど、可笑しすぎるっ!!!(苦笑)
天武・持統陵解説。


さて、しばし自転車をカッ飛ばしまして、橘寺へ。聖徳太子の生誕地であり、御父・用明天皇(橘豊日((たちばなのとよひ))大兄皇子)のお住まいでした。香炉を手に病の父帝の看病をする、いわゆる太子孝養像があるのですが、この太子像、ちょっとコワイです。せっかくの孝養像なのに、どうしてここまで不気味にするかなぁー…と。(苦笑)そして太子殿左端にあったお位牌(?)らしきモノに、「贈大猷院」の文字が。「大猷院(たいゆういん)」って、徳川家光の贈り名なんですよね。なので家光が橘寺に何か帰依してたのかどうか…という、肝心の件が何ら書かれてなかったので、お堂の方に聞いたのですが…「はい?詳しいことはわかりませんなぁ」とのコト。…お゛いっ!!!(怒)と、らしくもなく眉間に青筋立てた葵でした。でもハッキリそうとは言えず、「そうですかぁ~」と愛想笑いしてきたのも…小心者の私デス。(爆)
橘寺。

前にも出したっけかなぁー…。橘寺に今は無いのですが、かつて五重塔が建っておりまして。その礎石部分ですね。何とも珍しいカタチ。蓮の花を模したのではといわれてますが…どうなのかな。橘寺って周囲からちょこっと小高い丘に建てられてるので、ここに五重塔があったらさぞかし映えてただろうなぁ…と。(うっとりv)
橘寺・塔礎石

さて、例に漏れず、石舞台です。好きですねー…はい。かつては巨大な方墳で、その土砂部が大雨等で流出してしまったため、玄室部分が剥き出しになったモノ。何が好きかって、ココまで玄室に近づけるのって、ここだけでしょう。しかも触れる、中に入れるっ!!これはすごいコトですよー。馬子の墓所と言われてますが、まぁ、そうなんだろうね。周囲は嶋の大臣といわれてた馬子の名にちなんだのか、嶋の庄と言われてるし。それだけの勢力があったんだぁー…と、古に思いをはせました。
石舞台。

んで、石舞台内壁。巨大石の集まりと思ってる方、大間違いです。大きな石の間々に、小さな石をしっかりと組み込ませ、隙間無く埋め込んでます。「こんなにまで…まるでジグソーパズルじゃん」と思うけど、これで崩れないんだからすごいよなー。古の匠の御業にカンドーです。
石舞台内壁。

そして大好きな伝・飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡。大化の改新の舞台となった、皇極女帝の宮跡ではといわれてましたが、最近の調査では天武の飛鳥清御原(きよみはら)宮ではというコトに。何も無いトコロではありますが…ロマンです。ぽっかり空いたこの空間に、どの帝の御世であったにせよ、巨大な宮が立てられてた…。でもどーせなら、やっぱり大化の改新の舞台だったって方が、魅力的かな…?(笑)
伝飛鳥板葺宮跡。


まずは第一部終了。続きましては飛鳥寺・岡寺へ参りますv

 それでもやっぱり。
2008年05月18日 (日) | 編集 |
奈良に行きますっ!!

こんばんは。またもやすっかりご無沙汰な葵です。どうも申し訳ありません。(反省っ)
今回のシフトの休日を決めるにあたり、高松塚古墳の壁画公開に行こうと連休を入れたのですが…抽選の結果、見事に外れてしまいました。(爆)おかしぃなぁー…クジ運は割といいほうだったのに。よりによってコレを逃したのは…正直、痛かったっ☆(泣)それで意気消沈して、もう家でフテ寝して過ごそうかと思ったのですが、やはり行くことにしました。だって奈良、好きだもんっ!!

その数日後、ちょうど新聞に、キトラ古墳の木棺の写真が出てたんですね。どうやらキトラの木棺の表面には、朱で塗られたあとがあるらしい…と。朱は被葬者を邪悪なものから守る色として、木棺や石棺に塗られてきた色なんだそうで。天武・持統合葬陵墓の木棺は布と漆とを交互に重ねた「夾紵(きょうちょ)棺」と言われる際高級品で、表面が朱塗りだったと、鎌倉時代の文献に記されているのだそうです。天武・持統両帝よりランクが落ちる棺だけど、表面を朱で塗ることで、その被葬者の格式を表したのでは…とし、学識者の方は高市皇子の可能性を推してらっしゃるとのコト。

高市皇子…天武の息子であり、壬申の乱では華々しい活躍を見せ。その人格声望から後継者第一の皇子とみなされたのに、母の出自が低かったために、異母兄弟・草壁に皇太子の座を奪われた皇子。異母妹・十市皇女との悲恋や、悲劇の死を遂げた長屋王の父親でもある彼は、古代史上、かなり魅力的な存在で。彼の眠る陵墓かもしらないと思ったら…キトラという存在が、ますます魅力的に思えてきました。

そ・れ・で。今回は高松塚をメインに明日香巡りをと考えてたので、残念なコトではあったけど、やはり愛する明日香を回ってこようと思ったのです。キトラは明日香のメインから少し離れた所にあるので、ガイドブックにも出てないんですよね。だから行ったことないし、詳細も不明。でも今回は行くもんね。絶対だもんねっvキトラを巡って、久々に岡寺(草壁を祀るお寺)にも行って。高市vs草壁なんて脳内妄想をしてくるのも楽しいかもしれないなー。(笑)

歴史と自然と、そして現代(いま)に暮らす人たちが、なんら争うことなく悠然と生活する場所。だから明日香は大好きです。ホント、奈良・明日香に骨を埋めることができたら幸せだなぁー…って、その前に、そこを生活基盤に日々暮らしていけたら。それはもう、至福といわずしてどうしろと…?(笑)

さて、早速にホテルの予約もしたし、準備に取り掛かりましょう。願わくば、どうぞお天気になりますように…。(苦笑)

 京都に行ってきました。/その弐
2008年04月19日 (土) | 編集 |
2日目は、御所です。
よいお天気で、一般公開にあわせ、「これでもかっ!!」という人人人人、人の波。(爆)ツアーに個人にと、みんなが一斉に御所を目指して歩く様は、ちょっと笑えてしまいました。もちろん、私もその中の一人ってコトで。(笑)

蔀戸(しとみど)。天井部にある鉤に折り戸を引っ掛ける、いわば現代の雨戸というか、シャッターというか…そんなモン。でも、これを見ただけで「うわぁー…」と感じ入ることが出来る、単純な葵さん。「源氏物語」等の古典を読んでると、もうこの「蔀戸越しに…」ってのが何ヶ所も出てきますから。もう、それだけで、すっかり気分は平安期ですv
京都・お花見つあー。蔀戸


ご婦人方の遊興ってコトで、今年は投扇興が出てました。今は結構メジャーに名前を知られてますね。でもやってみると、意外と難しいんだろうな。しかし…とことん身体を動かさない遊びですよね。外出なんてありえなかった、平安時代のご婦人方。さぞかしメタボだったことでしょう…。(苦笑)
京都・お花見つあー。 投扇興


欄干・階。うっわ、まずいっ!!と、思わず鼻血を噴出しそうな興奮が…ってコトもなかったですが。(苦笑)先の蔀戸と同様、こういったのも弱いです。尺を手にした殿方たちが、ゆったりと欄干に身をもたせ…と、想像しただけでうっとりです。あぁ、雅だ…。(しみじみ)
京都・お花見つあー。 階


紫宸殿・高御座(たかみくら)。天皇の玉座です。今上陛下の即位の礼で、かなりメジャーとなりましたね。紫と赤、そして金…。あわせればとっても嫌らしく、傲慢さを醸し出さそうな色あわせなのに。この侵し難い荘厳な雰囲気は何なんでしょう。それはやはり、今に続く歴史の流れってやつなのかな、と。そんなコトを思いました。
京都・お花見つあー。 たかみくら


そしてご他聞に漏れず、御所のマンホール。(笑)シンプル・イズ・ベストな「宮」の一文字が、何ともいえません。宮城でも宮崎でもない、宮城(きゅうじょう)の「宮」ですv
京都・お花見つあー。 御所マンホール
 

このあと下って、錦市場を散策して簡単にご飯を済ませました。しかし…よいところですねぇ。スーパーなんて目じゃないですよ。ココに住んだらご飯が楽しいだろうなぁーと思わせる、主婦の天国でした。(主婦じゃないしっ・苦笑)たこ焼きはカリカリのふわふわで、揚げ物屋さんの野菜の素揚げは素材の味が何とも言えず。お米屋さんの奥で食べさせてくれるおにぎりは、モロに私好みの硬めの炊き上がりが天下一品っ!!七味屋さんの七味ソフトクリームは、ぴりりと来る辛さにひんやりとクリームの冷たさ。そしてコーンを食べ終えると口の中が落ち着くという、あやしいながらも美味なる一品でした。(笑)お漬物屋さんでは、美味しそうな沢庵と壬生菜の漬物をお土産にしました。今、葵家の食卓で元気にしております。(笑)

本当は東寺にも行きたかったんだけど、駅向こうの八条では、どうあってもタイムオーバーで。いや、体力的限界…?(苦笑)今回は相性の悪かった野々宮神社で、秋には斎王行列もあるそうなので。また時間の調整をして、今度はゆっくりと行きたいなぁと思いました。でも…私の中の奈良には負けるのよね、ごめんなさいっ☆(苦笑)

 京都に行ってきました。/その壱
2008年04月19日 (土) | 編集 |
…と、どこにでもあるお土産のようなタイトルですが。(苦笑)
ご無沙汰してる間に、京都御所の公開にあわせ、桜を見に行って来ました。
前日までが4勤で、その翌朝6時の新幹線…さすがにヘロヘロでしたが、やはり京に上がるのはよいですねぇ。(しみじみ・笑)

前日までが生憎の雨模様だったので、京都の朝も花曇。ちょっとヤバそうだったので、御所はお天気になるという翌日にして、嵯峨・嵐山へ向かいました。まずは久々の広隆寺。もちろん国宝第一号・弥勒菩薩像が目当てでしたが、それよか気になる仏様に出会えました。その左方におわします、大日如来像。この方の光背が、これまた見事な透かし彫りで…光背フェチの葵さん、人に視線も構わず、思わずガン見。主役を差し置いて脇役に見惚れてる、あやしい人と化してました。(笑)

光背の向って右肩にも、何やらの破片があって。もしかしてこの仏様、光背はさらに一回り大きかったのでは…と思わせる、何とも魅力的なお方でした。そんな疑問を宝物館の方にぶつけたのですが、「さぁ~…何分、私はその当時のことを知りませんからねぇ…」と。そりゃそうでしょう、その(製造)時に生きてる方なんて、いませんてばっ☆しかも、「あんたさんの考えもそうかもしれんが、あの光背の抜け落ちてるところ。あそこのが間違ってくっつけられたとも、考えられますねぇ」なんて言われた日には…ちょっと凹み気味でした。(爆)

また、前回行った時は気にしてなかったようなのですが、菩薩像右手には、広隆寺開山、秦河勝夫妻の像があったんですね。あー…何だって前回、見落としてたかなぁー…。(爆)聖徳太子の腹心で、子息・山背の養育にも当たった河勝。(彼が山背の国を治めてたので、山背大兄王子と言われるのです。)雅楽奏者の東儀秀樹さんの母方は、この秦家の出なんですよね。彼を見るたび、古代史が今に息づいているのをしっかりと感じる葵であります。
京都・お花見つあー。 広隆寺


続いて嵐山へ向い、百人一首のテーマパークたる時雨殿へ。昔取った杵柄ではないけれど、百人一首クラブで部長なんぞをやっていた手前、どうしても行きたかった場所でした。しかし…ちょっとチャチかったぞっ☆床一面の大画面に映し出される京都の鳥瞰図は見事でしたが、やはり札を踏むのは躊躇われました。両足でしっかりと踏まないと「札を取った」ことにはならないとかで、何度お手つきよばわりされたことか…っ!!(泣)京都・お花見つあー。 時雨殿


別室のテレビ画面による名歌人たちとの対戦では、清少納言に蝉丸、紫式部に大弐三位、そして藤原定家とが出てきまして、8枚の札をめぐって一戦を構えます。しかし…それも結構簡単で。「何だかなぁー」という感じでした。でもこの定家さんがなかなかに小生意気な方で(↓)、コイツにだけは負けたくない…っ!!そう思いましたねー。(苦笑)
京都・お花見つあー。 定家


そして4者勝ち越しすると、以下のお免状が表示されるのです。この画像撮りたさに、何度対戦したことかっ!!(苦笑)
京都・お花見つあー。 お免状。


そのまま足を伸ばして、天龍寺裏手をぐぅーるりと。古柴垣なんてのを見つけて、思わずしみじみとしてしまいました。ンな枯れたモンに感じ入るあたり、若くないなぁと思いつつ。何故私はこの時代に生まれたんだろう…と、考えてもみたり。うん、やっぱ私、一昔前の人間だわ。(笑)
京都・お花見つあー。 古柴垣


桜の花と、あの濃いピンクは何だったのかな…。それぞれが散り始めてて、木の根元を美しく彩っていました。こんな微妙な色合いをつくる日本の自然美に、感謝v
京都・お花見つあー。 はなびら。


続いて野々宮神社。伊勢に出向く斎王が潔斎をした場所。「源氏物語」では、斎王となった娘とともに伊勢に行くことを決めた六条御息所が籠もった場所として知られています。だから、かな。葵の名を冠する私が出向いた時、何故かひんやりとした空気を感じたのは。(苦笑)縁結びというコトもあって、「まぁ、お願いしといて損はないか」と思ったら…案の定、末吉っ。(爆)えぇ、きっと御息所の怨念ですわっっっ!!!(爆)黒木の鳥居が、賢き空気を深めていました。

京都・お花見つあー。 野々宮


そしてコチラが、嵯峨・嵐山のマンホール…というか、屑避け?桜でなく紅葉というのが、やはり嵐山っぽいかな、と。「小倉山 峰のもみじ葉 心あらば…」ってコトで。京都・お花見つあー。 嵐山マンホール


さて、次は電車に揺られて仁和寺へ。駅舎がらぶりっ!!これだけで満足ですvイマドキ、こんな駅舎が残されてるってだけで感動ですよね。やっぱり京都っていいなぁと思いましたv
京都・お花見つあー。 御室駅舎


仁和寺にある法師…と、「徒然草」の一片が思わず口をついてしまう、仁和寺でした。仁和寺の桜は憧れだったので、ようやく来た…という感が強かったですね。文字通り桜が満開で、少し散り始めた桜をめぐり、皆が手に手にカメラを構え。そちこちに響くのはシャッターの音…と、私もご他聞に漏れず、その仲間入りをしてましたが。(笑)

京都・お花見つあー。 仁和寺


仁和寺はどこもかしこも時代劇でよく見た風景なので、「あっ!!」とか「うわっ!!」とか、密かに心の中で歓声をあげつつ歩きました。(笑)どこもかしこも人だらけでしたが、御室という風格だけはドンとあって。やはり品格のあるお寺だなぁと感じました。今度はオフシーズンに、少し、人少なな頃に、もう一度行きたいですv京都・お花見つあー。 仁和寺の桜




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